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6W1Hで確認するAPI公開の課題・ニーズ ~APIエコノミーを実現する実践的アプローチ

 

APIエコノミーのビジネス背景

 企業が保持する業務データや各種システム機能などのアセット資産は、今まで業務で限定的に利用されてきたが、近年はより汎用化して、標準化されたAPIという形式で外部公開する動きが高まっている。

 この結果、限定的な利用にとどまっていたアセット資産に新しい利用者、新しいユースケースが生まれ、API提供者、API利用者を巻き込んだ新しい経済圏が形成されている。

 

APIの技術動向

 企業のシステム資産と社外利用者との接点を振り返ってみると、1990年代にはWebサイトやアプリケーション連携など限定的な接続のみであったのが、近年はAPIにシフトしている。最新の技術動向であるハイブリッド・クラウド、コグニティブ(AI)、IoT、ブロックチェーン、マイクロサービスなどの領域でもAPI接続が前提となっている。 

 この変化は一時的な流行ではなく、業界標準となりつつあり、企業と社外をつなぐ新しい扉になっている(図表1)

 

 

業界ごとのAPI公開動向

 さまざまな企業がAPIの公開に向けて動き出しているが、ここでは業界ごとの取り組み例を紹介する。最も事例が多く、イメージしやすいのは、金融業界である。銀行が公開した残高照会などの業務APIは、FinTech企業のモバイル・アプリケーションで利用され、エンドユーザー(銀行利用者)に提供される。アプリ利用者であるエンドユーザーは、たとえば複数の銀行口座情報を一括登録して資産管理できるなど、今までにない新しいユーザー体験を得られる。

 API利用者であるFinTech企業は、エンドユーザーに向けて付加価値のあるビジネスを提供できる。また銀行側も、顧客満足度の向上や新しい銀行利用者を獲得する機会を得られる。このようにAPIを公開することによって、新しいビジネス経済圏が生み出されるのである。

 API提供者、API利用者(アプリ提供者)、アプリ利用者による新しい経済圏は金融業界以外でも考えられる。保険業界を例にすると、損害保険会社の窓口での契約業務に関わるシステム機能をAPIとして外部公開することで、それを利用したカーシェア支援会社のアプリケーションをエンドユーザーに提供できる。新規ビジネスを生み出すだけでなく、各企業の開発作業や受付業務の効率化などのコスト削減効果も期待できる。

 API公開は、業界ごとに閉じているのではない。既存の業界間のつながりを最適化したり、新しい業界へつながる扉となる可能性も秘めている。

 

API公開の課題やニーズ

 前述したとおりAPI公開の動きは広がっており、そのメリットや可能性も認識され始めている。しかし実際に取り組んでいくとなると、どこから着手すればよいのか途方にくれる企業経営者やIT担当者は多い。

 APIの公開に際しては、さまざまな課題や組織のニーズが出てくる。冒頭に説明したとおり、エンドユーザーへAPIを利用したサービスを届けるには、API提供企業、API利用企業、それに各種デバイスが必要であり、API提供者としてはそれぞれの観点で課題やニーズを把握し、対応することが求められる。各ステークホルダーや業界、ITの動向を把握してAPIを公開しないと、想定どおりに利用されなかったり、逆に企業の評価を下げるリスクもある。

 本稿ではAPIを公開する際に検討すべき課題やニーズに対して、以下の6W1Hという観点で、実践的なアプローチ方法を紹介する。

 

・ 計画/目的(WHEN/WHY)

・ 提供先/提供体制(WHOM/WHO)

・ API抽出(WHAT)

・ API公開方法(HOW/WHERE)

 

6W1Hのアプローチ 

計画:いつ取り組むか(WHEN)

 APIエコノミーの動向は活発化しており、今すぐに検討を開始することが重要である。しかし事前にスケジュールやマイルストーン、アプローチ方法を明確にしておかないと最適なビジネス効果を期待できないので、きちんと自社の計画を立てて取り組む必要がある。

目的:何のために公開するか(WHY) 

 APIを公開する目的は、APIエコノミーに参画する際の重要な要素となる。これはシステムに閉じた話ではなく、企業のビジネス目的に沿って検討すべき項目である。ビジネス目的は企業によって大きく異なるので、一概に紹介するのはむずかしいが、たとえば以下のような例が挙げられる。

・ 組織内や外部に向けた自社のサービスの標準化(再利用によるコスト削減)

・ サービスに関わるオペレーションコスト削減(ビジネス最適化によるコスト削減)

・ 迅速なサービス提供とマーケットへの到達時間の短縮(企業価値向上)

・ 異なる業界の企業との連携による新しい付加価値の創造(競争力強化)

・ API課金のような新しいビジネスモデルの確立(収益向上)

・ そのほか競合のプレッシャー、業界規制など

 これらの例をはじめ、さまざまなAPIエコノミーへの参画企業を分析していくと、ドメイン、スピード、リーチ、イノベーションという4つのキーワードが見えてくる(図表2)。どのようなキーワードに沿って活動していくかは、自社の経営目標に準じる。

 

 IT担当者としてこの段階から検討することは少ないが、API公開を検討し始める前に、自社のAPIに関わる企業戦略を把握することが、その後の活動を進めるうえで重要となる。またAPI戦略に関わる定性的な目標だけでなく、定量的な評価指標(公開APIの利用量、利用パターン、提供品質など)やその目標値を定義しておくことも重要なので、合わせて検討するとよい。

 

提供先:誰に公開するか(WHOM)

提供体制:誰が公開するか(WHO)

 前項で明確になった目的を達成するには、提供先を決めることが必要である。社内の利用者、社外の一般利用者、パートナー企業など、具体的なターゲットユーザーと利用デバイスを明確にする。

 提供先を決めたら、これに合わせて社内の提供体制を整える。IT利用が軸になるものの、システム部門に閉じるのではなく、社内の関連部門を巻き込んだ全社体制で取り組むことが大切である。なぜならAPI戦略では、ビジネスオーナーや既存システム、公開後の運用など、ビジネス部門とシステム部門の連携する取り組みになることが多いからである。そのため、APIコアチーム(APIの企画、開発、運用を担当)を中心として、ビジネス担当者、システム担当者を含めた連携体制を形成することが求められる(図表3)

 

API抽出:何を公開するか(WHAT)

 具体的に何を公開したらよいかと、悩む企業は多い。そもそも自社にAPIはあるのか、API化できる既存資産はあるのか、公開する価値や効果はあるのかなど、全社的な体制を組んだとしても、自社だけで検討するには限界がある。

 このような疑問を解決しつつAPIを抽出していくために、よく実践される取り組みとして以下がある。

(1)連携パターン整理/API化検討

(2)アイデアソン/ハッカソン

(3)ステークホルダーへの要望ヒアリング

(4)APIを利用したPoC

 誌面の都合上、すべての項目を解説するのは難しいので、ここでは(1)(2)の取り組みについて紹介する。

 

(1)連携パターン整理/API化検討

 自社のもつシステム機能は、すでに社内システムやパートナー企業のシステムと何らかの形で連携しているはずである。しかし担当者が別々で、すべてのシステムを把握できていなかったり、プロトコルやデータ形式などの連携方法が統一されていなかったりと、IT統制の取れていない場合がある。

 手始めに、これらのシステム連携パターンを整理してみると、API化のヒントになるケースがある。たとえば、「あるシステム間連携では、HTTPによりJSONデータをやり取りしているのでAPI化しやすい」「すでに業務データをパートナー企業とやり取りしていて、ほかの企業に展開できそうなのでAPI化すれば効果的である」といった可能性が見えてくる。

 こうした活動を進めるにあたって参考となる連携パターンを図表4に整理した。

 

(2)アイデアソン/ハッカソン

 APIとしての候補がある程度見えているのであれば、それをどのように利用していけるか、各ステークホルダーを巻き込んでアイデアソン/ハッカソンを実施する。すると、社内活動だけでは考えつかなかったAPIの新たな活用方法やビジネスモデルが見つかるかもしれない。

 最近ではPoCのためのクラウドや、アプリケーション開発のためのフレームワークなども充実しているので、少ないコストと期間で準備できる環境が整っている。さまざまな立場の人がそれぞれの視点で意見交換することで、新しい付加価値、イノベーションのアイデアを創出できる。

 公開するAPIを見つける取り組みとしてはさまざまな方法が考えられるが、実際の公開事例を分析してみると、以下の7つのカテゴリに分類される。これらのカテゴリは技術動向の進歩とともに変化する可能性はあるが、主要な公開事例として参考にしてほしい。

 

データ:企業のもつアセットとその利用者が関わるユースケース

ソーシャル:ソーシャルサービスとそのデータを企業活動に活用するユースケース

IoT:カメラやセンサなどのデバイスを操作・制御するユースケース

モバイル:モバイルアプリやその開発者が関わるユースケース

パブリック:企業の公開情報をより利用しやすい形で提供するユースケース

パートナー:既存の企業間連携をより効率的に実施するユースケース

業界標準/法的規制:企業活動を推進するための業界標準化・法的規制対応

 

API公開方法:どうやって、どこで公開するか(HOW/WHERE) 

 ここまでで、APIを公開する目的や体制、対象が明らかになった。次に考えるべきは、どのように公開するかである。APIを公開する際の機能・非機能要件を明確化し、どのようなソリューションを適用するかを検討する。具体的な要件はユーザー環境に依存する部分が大きいが、ここではAPI公開に求められる主要な要件と、それを実現するソリューションについて紹介する。

 社内の既存資産をAPIとして外部に公開していく際には、以下のステップとアクターが存在する。

・社内のシステム機能/データをAPI化す る(システム管理者、API開発者)

・ APIを外部公開、管理する(API管理者)

・ APIを安全に利用する(API利用者)

 これらのステップとアクターに関連する主要なシステム要件、対応するソリューションは図表5のとおりである。このようなソリューションを組み合わせることで、APIを効率的に公開することが可能になる。これにはいくつかの公開パターンがあるので、主要な組み合わせ例を図表6に示す。どのパターンで公開していくかは、具体的なAPIの公開対象や目的によるため、要件に合わせて最適な方法を選択してほしい(もちろんソリューションを使用せず、すべて自社開発で対応する選択肢もある)。

 

① ソリューションを使用せず、開発フレームワークや既存機器を利用して外部公開

② SoR資産(バックエンド側でAPI化)をAPI Gateway経由で外部公開

③ SoR資産をIntegration層でAPI化してAPI Gateway経由で外部公開

④ 自社APIと外部APIをマッシュアップしてAPI Gateway経由で外部公開

⑤ Integration層またはAPI Gatewayを経由してAPIを内部公開

 

 APIの公開に取り組む企業は年々増えているが、どのように進めればよいかわからず、検討を始められない企業も多い。まずはAPI公開基盤を構築して、システム環境から準備していくことも1つの方法ではあるだろう。

 しかしAPIエコノミーに参画して、そのメリットを享受するには、システムの観点だけでなく、ビジネスの観点までを含めた目的、計画、提供先・社内体制、公開対象、公開方法を検討することが重要である。

 今回紹介したアプローチ方法を参考に、APIエコノミーへの取り組みを実践していただければ幸いである。

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著者|成田 亮太
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
クラウド・プラットフォーム
ITスペシャリスト

2009年、日本IBM入社。入社以来、Power Systems、IBM i、Storwizeなどの基盤製品や、IBM Integration Bus、API Connectといったシステム連携製品について、プロジェクトに参画して要件定義・設計・構築フェーズ支援、バックエンドでの技術支援を担当。近年はより上流フェーズからシステムの方針検討、製品選定するためのアーキテクト活動に携わっている。

[IS magazine No.21(2018年9月)掲載]

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